不動産実務30年の杉山氏が語る
市街化調整区域内の不動産との
向き合い方
今回はこれまで30年近く不動産取引や困難案件にプロとして携わってこられた杉山さんに「市街化調整区域の不動産売却と有効活用」について解説していただきました。
専門家でも間違える方が多いほど制度が複雑な当テーマについて、この記事を読めば
- そもそも市街化調整区域って何?
- 所有物件は建替えできる?
- 売却と有効活用のどちらがいい?
- 有効活用では何に気を付けたらいい?
など様々なギモンへの答えが得られます。
基礎知識から応用編や今後の動きまで、市街化調整区域の不動産を正しく理解して満足の土地活用をめざしましょう。
杉山 善昭氏
(有)ライフステージ代表取締役 (URL:https://www.e-lifestage.info/)
(公社)神奈川県宅地建物取引業協会 中央無料相談所不動産相談員
(一社)不動産相談協会 理事
宅建士の他、建築士、公認不動産コンサルティングマスター等の有資格者。
30年近い実務経験を持ち豊富な不動産知識を有しており、年間4,000件を越える不動産相談が寄せられる公益社団法人神奈川県宅地建物取引業協会の中央無料相談所相談員として活躍。
一般消費者だけでなく不動産会社からの業務の質問や相談に対して助言、指導をしている。
単に法律的な解決をアドバイスするのでははなく、上級心理カウンセラーならではの「当事者の心の問題」にも配慮したアドバイスの定評もある。
市街化調整区域の不動産の基本的な考え方の順番
そもそも市街化調整区域とは?
まず日本国内の土地は「都市計画区域内か外か」に分けることができます。
都市計画区域内の土地はさらに
- 市街化区域
- 市街化調整区域
- どちらでもない区域
に分けられます。
法律通りに書いて説明をすると大変難しいので簡単に説明すると次の通りです。
都市計画区域の3つの分類⑴市街化区域 …建物を建てることを推奨する区域
⑵市街化調整区域 …建物を建てることができない区域
⑶どちらでもない区域 …規制をする必要性が低い区域→建物の建築は可能。(あまり目にすることはありません)
つまり市街化調整区域は原則「建物を建てることができない土地」であり
- 畑や田んぼ
- 資材置き場
- 駐車場等
にしか利用できないので利用範囲が狭い土地ということになります。
この法律が施行されたのは昭和45年(行政によって開始時期に若干のバラツキあり)で、「無秩序な開発の抑制」を目的としています。
市街地を一定地域に集約させることで効率よくインフラ整備をする目的もありました。
国としてはこの法律ができる時点で既に建物が存在していた土地について「今日から建物を建ててはいけない区域になったので、建物を壊してください」とは言えません。
そこで建替えができない地域に指定された後でも、それ以前に存在していた土地については何回でも建替えを認めるという定めになったのです。
建物が建っているから安心の落とし穴
では今現在市街化調整区域内に建物が建っている土地は安心して売買ができるか?というと全くそんなことはありません。
不動産業に携わっている人でも迷う程制度が複雑なので、安直に判断することは非常に危険です。
第三者が購入した場合、再建築ができない物件は世の中にたくさん存在します。
決められた用途以外の利用ができない物件も同様です。
プロが行っている市街化調整区域内の不動産診断
では我々プロがどうやって診断をしているか説明しましょう。
我々が行う調査を一言で言えば「その建物が建てられた法的根拠を探す」ということです。
建築された法的根拠が判明すれば、第三者が購入した場合にどのような制限があるか把握することができます。
この制限の多寡により不動産の流通性が変化、当然の事ながら価格も大きく変わってしまいます。
登記事項証明書で昭和45年以前宅地であったかどうか確認
まず初めに「昭和45年以前から宅地であったかどうか」を調査します。
一番簡単な調査方法は登記事項証明書を確認することです。
登記事項証明書には、地目変更をした年月日が記載されています。
昭和45年以前から宅地であったことが判明すれば、第三者が購入しても建替えができる物件と判断できます。
しかし必ずしも土地の登記事項証明書に“宅地になった年月日”が記載されているとは限りません。
登記事項証明書で確認できない場合は
- 昭和45年当時の課税が宅地になっているか
- 閉鎖謄本で確認する
- その土地上に存在する建物の登記(建替えている場合は壊した古い建物)の新築年月日が昭和45年以前であるか
- 宅地に転用した時の農地転用届書
- 当時の建物の建築確認書
- 当時の航空写真
などを調べます。
繰り返しになりますが、昭和45年当時宅地であった証拠を見つけるのです。
「当時宅地であることが確認できない土地」=「市街化調整区域に指定された後に建物が建てられた」という事ですから、建築がされた法的根拠を調査することになります。
こちらについては開発許可の記録や建築確認の記録などを調査することにより判明します。
市街化調整区域物件の診断結果の種類を解説
市街化調整区域に建っている建物がある土地については、次の通りに区分されます。
- 第三者が購入した場合「建替え可能」
- 第三者が購入した場合「建替え不可能」
①第三者が購入した場合でも建替え可能
比較的問題がない不動産と言えます。
今回は居住用の不動産を中心に解説をしていきますが、概ね3つに分ける事ができます。
⑴既存宅地
前述した通り、昭和45年当時から宅地であった土地です。
持ち主が第三者に変更となっても購入者は建物を建てることができます。
市街化調整区域の中に存在する土地の中では、一番規制が緩い土地で流通性が高いと言えます。
但し、再建築可能な面積の限度を確認することが必要です。
再建築をする場合“建築可能な延べ面積を既存建物の1.4倍までに限定(※)”といった規制があることも珍しくありません。
※一般的な4LDKの建物の面積は90㎡~110㎡程度。
既存の建物が平屋の40㎡の建物という小さな建物の場合、1.4倍規制適用されれば56㎡までとなります。
また建替えができると言っても、多くの場合面積だけでなく用途についての規制がされます。
従前の用途と同一用途といって、既存の建物が専用住宅なら専用住宅のみで
- 工場
- 飲食店
にするといったことはできません。
⑵公共施設の代替えで取得した土地
公共施設の建設のために立ち退きを余儀なくされる事があります。
道路の拡幅や高速道路ができることによって生じる立ち退きがいい例です。
公共の事業に協力をして立ち退いた人は、市街化調整区域に建物を建築することができるという特例があります。
このような経緯で建築された不動産の場合、昭和45年以前から宅地である必要はありません。
⑶店舗
市街化調整区域は建築を抑制する地域です。
しかしその地域には法律の制定以前から住んでいた人がいる訳ですから、その居住者の生活はある程度担保される必要があります。
そのため法律では日常生活のため必要な物品の販売等をする店舗にかぎり、昭和45年当時に宅地ではない土地であっても建築を認めています。
- 食料品店
- 靴店
- 自転車修理店
等々細かく業種が分かれています。
建築時には特定の業種をするための店舗で申請をしていますので第三者が購入した場合、許可された業種以外の用途に利用することはできません。
従って自転車修理業で申請した建物をカフェとして利用すること等は不可となります。
第三者が購入しても建替えができる不動産としては一番規制が厳しいと言えます。
②第三者が購入した場合建替え不可能
市街化調整区域で農業等をしている人の自宅(分家又は本家)であれば建築をすることが認められています。
この場合、昭和45年以前から宅地である必要はありません。
農家の人にとって市街化調整区域にある田畑は勤務先ですので、市街化区域から畑までバスも電車もない場合には事実上仕事ができなくなってしまいます。
合理的に考えられた良い制度ですが、この農家の分家や本家で建築された家は、第三者が購入した場合建替えをすることができません。
農業をする人が自宅として建てるから許可されたのですから、不動産に対する許可というよりは、いわば人に対する許可と言えます。
違反建築物は行政勧告、悪質な場合は罰金や懲役も
- 敷地300㎡として建築申請をしていたが建物完成後敷地の半分を第三者に売却してしまった
- 平屋の建物として申請したが許可なく2階建てにしてしまった
- 専用住宅で許可を取得したが飲食店に改装してしまった
こういった不動産は、行政から建物の撤去、改築、修繕、使用禁止などの命令がされる事があります。
また悪質な違反には罰金や懲役が課せられる可能性も…。
何の許可もなく勝手に建築をしてしまった場合は言うまでもなく、行政指導・刑事罰も十分あり得ます。
市街化調整区域物件の売却価格の決まり方と売却依頼
売却可能価格の考え方
不動産の価格は“どれだけ多くの人がその不動産を欲しいと思うか”という点で決まります。
したがって利用価値の高さにより売却価格が変動します。
今回の件でいえば「誰が購入しても建替えできる不動産」が一番高額になる可能性が高く、建替え不可能な不動産は売却可能価格が低下するという事になります。
建替え不可能物件を建替え可能物件にする技
上述したように農家の分家の家は“農業をする人”について許可されたものですので、第三者が購入しても建替えをすることができません。
これは許可の用途が「農家の分家」だからです。
ということは許可の用途を「農家の分家」→「専用住宅」に変更することができれば、第三者が購入しても建物の建替えが可能となります。
結果、市場的価値が生まれて売却可能価格が高くなります。
ただそもそも建物を建てることができない市街化調整区域内の土地に建てた建物ですから、簡単に用途変更ができる訳ではありません。
行政によって許可基準が違うのですが
- 所有者の健康上の理由で売却しなければいけない等やむを得ない場合
- 建築後10年経過かつ許可当時の状態のまま使用している場合(筆者経験事案より)
は用途変更に応じるという行政もありました。
そのため農家の分家を売却する場合は、用途変更の可否について検証することをお勧めします。
また建築の許可取得後に無許可で改築してしまっている建物などは、許可時の状態に戻すことも有効な対策手段です。
複数不動産会社に依頼 vs 1社に依頼
市街化調整区域の土地の売却をする場合
- 複数の会社に依頼をするのか?
- 1社に依頼する方が良いのか?
誰もが悩むところだと思います。
筆者としては1社に依頼することをお勧めします。
但し、依頼する会社を1社にするために“複数の不動産会社に話を聞きに行く”ことが重要です。
あまり調べることなく「市街化調整区域だから安くしか売れない」という会社もあれば、話しを掘り下げて解決方法を積極的に提案してくれる会社もあります。
いい事だけを言う会社ではなく、良いことも悪いことも裏表なく説明をしてくれる経験豊富な会社を見つけ出して専属専任媒介でお願いするようにしましょう。
コンサルタントが判断する市街化調整区域物件の「売却」か「有効活用」か
では次に市街化調整区域の不動産を「売却をしたほうがよいのか」それとも「有効活用をした方が良いのか」考えてみましょう。
私がコンサルを受ける場合に重要視することは
- 「その資産がどれだけお金を生み出すのか?」
- 「どれだけ維持管理がかかるか?」
- 「出口をどうするか?」
この三点です。
資産から生じる利益で比較する
例えば、市街化調整区域の400㎡の土地の売却想定価格が1,000万円だとしましょう。
資材置き場にして有効活用をした場合
- 年間賃料収入:年間60万
- 固定資産税等のコスト:年30万
と仮定すると手取りは年間30万円になります。
売却した場合はどうしょう。
譲渡税や諸経費概算約190万円として手取り約810万円です。
この810万円で表面利回り8%の居住用収益物件を購入したとすると、年間家賃収入は64.8万円。
管理費や固定資産税などのコストを年間約30万とすると手取りは年間34.8万円になります。
資材置き場の30万円と家賃収入の34.8万円はほとんど変わらないように思えます。
維持管理のリスクで比較検討する
続いて維持管理です。
このケースで言えば、資材置き場はほぼ手間なしですが有毒な物を置かれる可能性は否定できません。
【不動産に生じる可能性のあるリスク】
- 土壌汚染が隣接地に広がる
- 設備の故障等が発生する(居住用収益不動産)
- 家賃滞納リスク(資材置き場>居住用収益不動産)
資材置き場の場合、賃貸終了後に畑に戻す事は事実上不可能ですから資材置き場用地として継続利用もしくは売却することになります。
収益用不動産の場合、入居者を再募集することも可能ですし居住用不動産としても利用・売却することが可能になります。
相続発生時を想定して考える
最後に相続発生時です。
例えば相続人が3人いる場合、資材置き場も収益用不動産も賃貸中は3人で不動産を分けることはできません。
従って、賃料収入を相続人で按分して受けとることになります。
賃貸中不動産売れないと思っている方もいらっしゃるようですが、賃貸状態でも売却することは可能です。
この場合は、売却代金を相続人で按分することになります。
賃貸中の不動産の売却のしやすさは、端的に言えば「売却価格に対して収益がどれだけあるか」によって変わります。
言うまでもなく利回りが高い方が売れやすいですが、利回りを高くすればするほど価格は下がってしまいます。
同じ利回りだった場合、資材置き場より居住用収益不動産の方が売れやすい傾向があります。
不動産の有効活用は今あるものを利用するだけではありません。
市街化調整区域の土地をそのまま有効利用するのではなく“形を変えて有効利用する”ことを意識すると良いと思います。
市街化調整区域は継続してインフラが利用できない恐れがある
都市再生特別措置法で市街化調整区域は居住誘導区域外に
都市再生特別措置法は“都市機能をコンパクトにする法律”です。
この法律には「居住誘導区域」という規定があり、一言で言うと「居住を促し人口密度を維持するエリア」です。
つまり居住誘導区域外のエリアは人口密度を維持しないエリアという事になります。
市街化調整区域は居住誘導区域外になることが決定しています。
都市再生特別措置法が改正されたことにより、居住誘導区域外の土地は今後インフラの供給が担保されない可能性が高まっています。
※行政は市街化調整区域のライフライン(上下水道、ガス、電気)整備を積極的に行わなかったのですが、居住者が存在するのでやむなく整備をしてきた経緯があります。
従って、今現在水道や下水が利用できている土地であったとしても将来的に継続してインフラが利用できる保証はないと言えます。
ライフラインについての検証は必要不可欠
市街化調整区域にある土地は今後、利用に際して制約が増加する可能性が高いと言えます。
したがって市街化調整区域内の不動産を保有し続ける場合
- ライフラインが不要な利用形態
- 若しくはライフラインを自前で担保できる利用形態(井戸水、浄化槽など)
という点について十分検証することが重要です。
この2つの実現が困難であれば形を変えて有効活用をする方法を模索することが良いと思います。
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